代々木公園
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山芋のレシピには、鮪のやまかけ、山芋短冊、とろろ飯、お好み焼きに入れたりと定番は多いが、新しい食べ方はないものかと考えていると・・・。
今日、出先で見ていた料理番組で”山芋と海老の炊き込みご飯”をやっていた。最後まで見られなかったが、おおよそのレシピは記憶していたので早速試作。
海老は酒と塩で下味をつけ、山芋は2cm角に切ってお米と一緒にお釜に投入。昆布茶と醤油を適宜加えスイッチオン。炊き上がったら山芋が崩れないようかき混ぜ、盛り付けたら青海苔をふりかけ出来上がり。
山芋はサツマイモほど甘くないし、水分も多くポクポクしていないので、同じ芋ご飯でも男性に好評だと思う。
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来週から12月、クリスマスシーズン到来である。
幼少の頃、実家では庭に生えている本物のモミの木を父が植木鉢に移し変え、家の中で飾りつけ。自分が小さかったこともあり、とてつもなく大きく感じたものだ。シーズンが終わるとまた庭に戻すので、毎年大きくなり最後は家に入らなってしまったと記憶している。
影響されたわけではないが、去年は外のゴールドクレストをデコーレーションしてみた。最初は結構雰囲気出ていたのだが、やはり風雨の当たる場所では飾りつけももたず、クリスマス当日にはみすぼらしい姿に。
というわけで、今年はちゃんとしたツリーを買おうと現在ネットで探し中。どうせ買うなら飽きの来ない長く使えるものを、ということで有力候補なのが左の写真。
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”愛知県民と神奈川県民は相性がいい?”という記事を見つけた(ちなみに私は愛知県、妻は神奈川県の出身である)。
愛知男と神奈川女のカップル4組のコメントに解説がついているのだが、どれも共感できるものばかり。
特に気になったのが、”名古屋人は人目を気にするが、横浜人は人目を気にしない”というもの。厳密に言うと私たちは名古屋人、横浜人ではないが、私自身この”人目を気にする”性格を何とかしたいと思っているので、神奈川県民の”人が何と言おうと関係ない、わが道を行く”スタイルには憧れるのだ。
また、中部地区で人気の”コメダ珈琲”の関東進出一号店が横浜である点にも触れ、これは東海道新幹線が両県を結んでいることが理由の一つなのだとか。私も東京に延べ13年住んでいるが、帰省のたびに通る神奈川県には知らず知らずのうちに親近感を覚えている(千葉、埼玉とは明らかに異なる感覚)。
今年も残すところ一ヶ月あまり。今日、正月に帰省するための新幹線の席を押さえた。年が明け、帰りに途中下車して妻の実家に寄る予定。東海道新幹線は双方の実家も結んでいるのだ。
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京都で研究員をしている友人から、島岡要氏による”研究者のためのプロフェッショナル根性論”というサイトを教えてもらった。
最近プロフェッショナルパパに専念し過ぎたせいか、読めば読むほど研究者としての”喝”を入れられる気分・・・。世の中にはすごいことを考えている人がたくさんいるもんだ。もう少し関連サイトを読んで考えがまとまった頃、またブログに書きたいと思う。
が、今回一つだけ。
「検索される自分:発信力」として,現代における研究者の名刺としての「ブログ」の効用について紹介された回がある。”ブログのススメ”であるはずのこの記事を、もし私がブログを始める前に読んでいたら・・・。私はブログを始めていなかっただろう
。
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先日、友人宅でご馳走になったものを妻が再現してくれた。さすがにこの間のものほどイクラはのっていないけどね。
妻の名誉のため断っておくと、私の料理はあくまでも週末の趣味で、平日は妻がちゃんと作ってくれてます。
前々から、一度ちゃんと書くよう言われていたので・・・![]()
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8月上旬から滞っている妻の育児日記。
日々成長する娘の様子をみすみす記録しないまま忘れてしまうのはもったいないということで、何とか育児日記を続ける方法はないかと家族会議。その結果、日記をトイレに置いて気づいたことを二人で書き留めることにした。この狭い家で妻が娘から開放されるのはトイレだけ。二人で書くことでお互いプレッシャーがかかるので、一人より長続きするというねらい。
日記とペンはトイレに座った時、取りやすい位置にぶら下げてある。妻はこれを機に、私に座って用を足すように仕向けるつもりだろうが、それだけは男の沽券に関わる問題なので、断固として拒否。
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娘のおもちゃ箱を作った。おもちゃはほとんどがいただき物だが、これ以上散乱しては私の居場所がなくなってしまうので。かく言う私も片付けはめっぽう苦手
。共同生活において、この点の能力はかなり妻に補ってもらっていると言っていい。
棚にちょうど収まるカゴが見つからず、結局ドラッグストアでもらってきたダンボール箱に、妻の亡くなった祖母の持ち物である”麻の葉模様”の布を張ってみた(アイデアは妻)。麻は成長が早く、まっすぐ伸びていくということで、赤ちゃんのうぶ着の模様によく使われたとか。
製作時間2時間半(こだわり始めるときりがない)。家庭科の授業以来だろうか、ミシンも使い、アイロンがけまでして。いわゆるパパのDIYとは少々趣が違うが、限りある貴重な布でいかに簡単できれいに仕上げるか意外と悩みどころはあった。レトロな柄が、何だか舌切り雀に出てくる”つづら”のよう・・・
。
早速、おもちゃを入れて自己満足に浸っていると、娘はおもちゃを取ろうとして自分が中に入ってしまい、おもちゃに囲まれまんざらでもない様子。とりあえず気に入ってくれたようだ。
妻のほうも、100均アイテムを駆使して娘の服をきれいに収納。”あぁ、このきれいに片付いた光景で一杯いける
”とご満悦の様子。
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最近、ちょくちょく討論番組やトーク番組に登場する姜尚中(カン・サンジュン)氏。初めてテレビで見たのは、NHKの”今夜決定!?世界のダンディー30人”なる番組で、映画、音楽、芸術、文学、政財界、ノンジャンルの6部門から20世紀を代表するダンディーを審査員5人が選ぶというもの。審査員の一人、襟の高い白シャツに黒のジャケットが良く似合うこの紳士。”なんて渋い声、話し方をする人なんだ!”とリモコンの手が止まり、結局最後まで見てしまった。
先日、気になっていたこの姜尚中氏の本が平積みされていたので迷わず購入。
”悩む力” 集英社新書
著者の最も好きな作家であり、百年前に悩む苦しみを直視した夏目漱石と社会学者・マックスウェーバーをヒントに”悩み”を手放すことなく真の強さを掴み取る生き方を提唱する。
序章 ”いまを生きる”悩み
第一章 ”私”とは何者か
第二章 世の中すべて”金”なのか
第三章 ”知ってるつもり”じゃないか
第四章 ”青春”は美しいか
第五章 ”信じる者”は救われるか
第六章 何のために”働く”のか
第七章 ”変わらぬ愛”はあるか
第八章 なぜ死んではいけないか
終章 老いて”最強”たれ
この本の話を妻にすると、”あなたに悩みなんてあるの?”と一言
。
こんな私でも一年のある時期、4月から5月にかけてどうも気分が乗らない悩む時期があるのだ。これまで季節の変わり目でホルモンバランスが崩れるのかと自己分析していたが(この辺の発想は理系的)、この姜尚中氏も四季のなかで”春”が最も苦手という。
(春
は)卒業式や入学式があるように、人間が何かを卒業し次のステップへ進んでいく季節です。しかし、みなが先へ進んでいくのを横目で見ながら立ち往生したまま動けない人もいます。つまり、春というのはある意味で残酷な季節であるとも言えます。<本文より>
そうなのだ。異動があったり新人が入ってきたりと、周囲がざわつくこの季節。年度が変わっても昨日と同じことをしている自分は、果たして去年と比べて成長しているのだろうかという何ともいえない焦燥感を覚える季節。4月から5月というタイムラグが私らしく少し鈍い点だが、本書で言葉として表現されたことでなんとなくモヤモヤが解消された気がする。
また本編では特に漱石の”心”がよく引用され、個人的にはそれを読んだ高校入学当時を思い出す(我が校では入学前に”心”の読書感想文が課された)。
姜尚中(日本名:永野鉄男)氏は在日朝鮮・韓国人二世として生まれ、当初は日本名を名乗っていたが、早大在学中の訪韓を機に朝鮮名を使用するようになる。ちょうど姜氏が最も悩んでいたと語る時期と重なる。このような背景を持つ氏が”悩み”を語るという点で、必然的に本編全体に説得力を持つ。
ただ、最後の章において
(悩んだ)おかげで私はいま、いまだかつてないほど開き直っていて、大げさに言うと、”矢でも鉄砲でも持ってこい”という気分になることもあります。<本文より>
と、述べられている。これまで共に”悩み”について悩みながら読んできた読者としては”おいおい、自分だけさっぱりしちゃうのかよ”と取り残された気分になる。
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本日解禁のボージョレ・ヌーボー。ちょうど期限付きの仕事が一段楽したので買ってきました![]()
![]()
。
近くのスーパーでは4種類の赤と、白が1種類。何がいいのか良くわからないので一番人気の一番安いものを購入。
メーカーが早期出荷を競って未熟なワインを出さないように設定された解禁日は、もともと11月15日だったそうだが、週末や祝日に当たると販売に影響するため、1985年から”11月の第三木曜”となったらしい(日経朝刊より)。
ところで、ボージョレ・ヌーボーの瓶はなぜ透明なんでしょう。”新酒なのですぐ飲んでしまうため遮光する必要がない”というのもありますが、色つきの瓶はリサイクルしづらいためという理由もあるそうです。これはボージョレ輸入量No.1である日本の働きかけによるものだとか。
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今日、初めて娘を叱って泣かせた。
”人の写真の上に乗っちゃダメ”というのは娘自身の命に関わるような危険な行為というわけではない。とはいえ、やはりそういうことを平気でやる子になって欲しくないという思いから、さすがに二度目は強い口調で言うと・・・。
次第に下唇を突き出し、目にいっぱい大粒の涙をためて泣き出した
。
妻が結構強い口調で”ダメ”と言っても、”マメ?”ととぼけるくせに。こんなに小さくても滅多に叱られない人から叱られるとやはり応えるのだろうか。それとも、単に大きな声(音)にびっくりしただけか。
私の父は寡黙で滅多に怒らない。そんな父に叱られたのは数えるほどだが私はすべて覚えていると思う。いつも涙が出てきてとても反論できる雰囲気ではなく、結構大きくなってからも泣いたことがあると記憶している。
うちもこのパターンで行こうか・・・。
ただ、気をつけないと叱られ慣れてない、叱り下手な大人になってしまうので注意が必要だ
。
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先日TVで、”自販機でジュースを買うとき、ジュースとつり銭のどちらを先に取るか?”というのをやっていた。
私はの答えはつり銭。つり銭を財布にしまう作業には両手が必要。先にジュースを取ってしまったらやりづらいからだ。つり銭を取り忘れる心配もない(ジュースを買ってジュースを取り忘れることはない)。
一方妻は、”ジュースが欲しくて買ったんだから、まずそのジュースを手にとって確認したい”との意見。ここにも本能で生きる女性の心理を垣間見ることができる。
この問いの答えに性差があるかどうか興味のあるところだ。
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今日、11月17日より渋谷駅マークシティ連絡通路の壁一面に岡本太郎氏の”明日の神話”が公開された。
工事が始まって2ヵ月半。幅30m、高さ5.5mの巨大壁画はとても携帯カメラのフレームに納まりきらず・・・。大きさもさることながら、その独特な色使いにただただ圧倒されます。帰宅途中の人々も足を止めて見入っていました。
これから毎日会社への行き帰りにじっくり鑑賞しようと思います。
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一時、輸入冷凍餃子メタミドホス混入事件で餃子の皮が品薄になることもあったが、我が家では餃子はもともとうちで作るもの。
以前、友人宅で餃子パーティーをやった際、各家庭に様々な餃子文化があることを知った。中身はキャベツか白菜かという程度は予想できるが、ニンジンを入れるところもある。また、水分の多い白菜をおろし金で細かくした干し椎茸とともに入れることで、余分な水分が吸収され、かつ椎茸のうまみも加わるという合理的な発想まで。もちろん包み方もいろいろ。
そして焼き方。まずフライパンに並べて焼き色をつけた後に水を入れ(片栗粉を混ぜることも?)、ふたをして蒸し焼きにするのが一般的。独身時代お世話になった”餃子の大将”でもそうだった。
一方、我が家ではNHKの”ためしてガッテン”で新しい焼き方を見て以来、以下の方法に変わったので紹介したい。
1.フライパンに油をひかずに、多少スペースをあけて餃子を並べ、餃子の高さの半分くらいまでお湯を入れる。
2.ふたをして強火で3分。目安は餃子の皮が透き通ってくるまで。
3.いったん火を止め、残ったお湯を捨てる。このとき餃子を落とさないように注意。その後、ごま油(大さじ1)を加えて焼き目をつける。
4.フライパンに皿をかぶせ、”せーの”でひっくり返して出来上がり。
蒸し焼き餃子ならぬ、”茹で焼き餃子”です。茹でることでしっかり火が通り、中はジューシー。後で焼くので皮はパリパリ。市販の餃子でもOKです。
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今日は妻が健康診断のため、休暇をとって子守り
。
思えばちょうど一年前、同じように妻の健康診断中、初めて3時間娘と二人きりで過ごした時は、いつ泣き出すことやらとひやひやしたものだ。当時4ヶ月の娘は、まだ1時間おきに母乳を必要としており、検査の合間を縫って妻が授乳。風邪ひき患者であふれかえる待合室にずっといるわけにもいかず、かといって外は11月の寒空。真冬並みの防寒着を着せてベビーカーであてもなく病院周りをうろうろ、とてつもなく長い3時間であった
。
そして一年・・・
まだまだ母乳が手放せないものの、気が紛れるものがあれば間隔があけられるようにはなってきた。今年は車で行った事もあり、好物のミカンやチーズ、お気に入りの本など必要そうなものはすべて妻が用意してくれたおかげで、車中でずいぶん間が持った。その他、おんぶしながら病院周りをうろうろ。結局寝てはくれなかったが、去年のことを思えばずっと気楽
。
その後、区役所に保育園の書類を提出し、続いて娘の予防接種のため別の病院へ。せっかくの休暇、有効に使わねばという強迫観念からか、ここぞとばかりに用事を済ませる![]()
。
娘の産まれた病院にいくのは久しぶり。かつてうちの親から、”ここがあなたの産まれた病院”と前を通るたびに聞かされたものだが、当の本人は記憶があるわけもなくピンとこない。子供に言うことで当時を思い出し感慨に浸っているのは親なのだ。今、その気持ちが良くわかる。
小児保健部へ行くと、娘よりも小さい子ばかりであふれかえっていた。当然のこととはいえ、うちの子の後にもこの病院で数々のドラマが繰り広げられたのだと、かつてのことを思い出したりして。
昨今の出産時に関わる悲しいニュース。これ以上両親の期待と希望が一変することのないよう、安全・安心して出産できる環境が一刻も早く整うことを願ってやまない。
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”ミッキー”・・・ディズニーフリークの妻に叩き込まれた。
”プーアン”・・・プーさん。同上。
”アンパン”・・・”アンパンマン”のこと。どんなに小さな絵でも見つけて叫ぶ。
”でんしゃ”・・・結構好きなようだ。
”あっかちゃん”・・・下は新生児から上は小学生までみんな赤ちゃんらしい。
”ぞーさーん”・・・ゾウさん。手で鼻のまねをしながら。
”みかん”・・・好物の一つ。
”チズー”・・・チーズ、好物の一つ。
”あめ?”・・・天気予報を見ながら。”晴れ”はまだ言えない。
”くっく”・・・靴。外へ行きたいときは自分で靴を持ってきて。
”どこ?どこ?”・・・食事中、自分の皿をわざと落としてとぼける。
”あったー(いたー)”・・・落とした皿を拾ってやると言う。
”いたー”・・・いただきます。
”ごちー”・・・ごちそうさま。
”ごちごち”・・・手を洗うまねをしながら。
”どうぞー”・・・中腰で物を渡しながら言う。逆に物をもらうときも同じことを言う。
”いたた”・・・自分で痛がることをしながら言う。Mか?
”あち”・・・大して熱くもないのに気を引こうとして言う。
”かんぱい”・・・コップを掲げながら。教えた覚えはないのだが・・・。
”ママ”・・・だいぶわかってきたようだが、まだ私に対して言うこともある。
”パァーパァー
”・・・あきれた感じで。今日のように飲んで帰った日は胸に突き刺さる。
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会社の会合でビジネスカジュアルを要求されることがある。本来、これはスーツを着ている人に対してノーネクタイや脱スーツを促すもの。つまりビジネス<カジュアルを意味するはず。一方、私のような普段作業着を着ている研究職にとっては、むしろビジネス>カジュアルとの認識が強く、結局皆スーツで参加することが多い。要するにそんな中途半端な服を持っていないのである。
もっと厄介なのは”平服でお越しください”という言葉。もちろん”普段着”ではないこの平服の判断は、自由度があるだけにセンスも問われ非常に難しい。さらに大変なのは女性。男性は最後の手段、スーツにネクタイでいいが、女性はTPOによりいかようにも考えられるのでさぞかし頭を悩ますことだろう。
現に妻も年末に行われるちょっとしたパーティーに何を着ていくか、今からああでもないこうでもないとぶつぶつ言っている。こういうときは男に生まれてきて良かったと思う。
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先日から始めた食料品宅配サービス。今晩の食卓にはそちらで購入した鯖のミリン干しが登場した。
一口食す。脂ののりといい、塩加減といい予想以上に美味しい。二口、三口と食べるうちに骨が全くない事に気づく。何でも一本一本手作業で骨抜きされているのだとか。食べ終わった皿には何も残っていない。
今でこそ私も魚好きだが、子供の頃は肉に比べ小骨のある魚はめんどくさく苦手であった。それでも親からは”あなたに骨があるように魚にも骨があるのだ”と言われ、イヤイヤながらも魚の食べ方を覚えたものだ。またそれは魚の体の構造を知ることにもつながり、釣った魚を自分でさばく上でも役に立っている。
手術顕微鏡からNASAのロケット観測器まで手がける三鷹光器。こちらの採用試験は何と焼き魚の食べ方だとか。モノづくりにおける手先の器用さは魚の食べ方を見れば一目で分かる、と豪語するのは会長の中村義一氏。
この”骨ぬき鯖のミリン干し”、食べやすくていいのだが、子供の食育にはいかがなものか・・・。
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昨日、突然PCがクラッシュ
。私では如何ともしがたく、義父に電話
。我が家の非常に快適なIT環境は、全て義父によって構築されたもの。私が毎日ブログを更新できるのも、義父のおかげなのである
。
そういえば以前、パソコンを”趣味”と言って怒られたことがある。既に趣味を超越した域にあるのだ。
と、たまには”よいしょ”しておかねば!
今後ともお世話になります。
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今日は妻のママ友ファミリーと代々木公園でピクニックの予定だったが、朝から小雨がぱらつくあいにくの天気であったため行き先を東京都児童館に変更。
皆と会うのは出産時の病院以来なのでかれこれ一年以上も前なのだが、日頃妻から各ファミリーについて話を聞いていたので、久しぶりという気が全くしない。おそらく逆もしかり。
結果的に旦那が付いてきたのはすべて娘を持つファミリー。せっかくの休日、娘とは片時も離れたくないというのか。一方、息子を持つ父親はあっさりしたもの、その活躍は子供がもう少し大きくなってからだろう。
よその夫婦を観察するのはとても興味深い。夫婦間の力関係や二人のペース、子供に対する接し方など本当にそれぞれであり、この奥さんにはこの旦那しかありえない、お似合いのカップルと納得させられる。また、他の夫婦を見て思ったのが、うちは如何に合理的かということだ。
1)荷物が少ない。本当に必要なもの以外持ってこない。
2)早飯食いである。こういう場所ではカロリー補給と割り切る。
3)トイレが早い。行くタイミングも絶妙。
4)休憩場所の事前確認と、全員分の席の確保。これは妻が活躍。
5)身支度が早い。必ず先に行って後続を待つ立場にある。
そんな合理的夫婦が帰り支度をしながら考えているのは、駅までの最短ルートはもちろんのこと、冷蔵庫の中身と夕食の献立だったりする。普段二人だけでいると気づかないが、こういう場に来ると、妻の合理性もかなりのものだと痛感させられる。
・・・
いや、我々の場合単に”せっかち”なだけだ
。
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夕食の折、娘が妻の箸を奪って使い始めた。大人のしていることは何でも真似したがる。そろそろ”エジソンのお箸”を買ってやるとしよう。お箸の国の人だから、是非とも正しく使えるようにしたい(エジソンはアメリカ人だが・・・
)。
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最近は床暖房や温風機と暖房器具も変わってきて、特に小さな子のいるうちには灯油ストーブなんて置いていないだろう。あの灯油を移し変える時に使う灯油ポンプ、職場でも別の用途で使うことがあるが、そのたびに幼少の頃の感動が甦る。
この灯油ポンプはドクター中松こと中松義郎氏による発明品であり、特許庁によると実用新案として”サイフォン”の名で登録されているとのこと(もともとは醤油を移し変えるための道具として発明された)。
小学生低学年の頃だったか、父が金魚
の水槽の水をホースを使って水槽を持ち上げることなく排水するのを見たのが、私と”サイフォンの原理”との初めての出会いである。なぜ水が水槽の壁を越えて外へ流れ出るのか、当時は不思議でしょうがなく、再現しようとトライして汚い水槽の水を飲んでしまうこともしばしば。。。![]()
一方、当時の実家には仕事で灯油ストーブを使用しており、例のポンプを使って灯油の補充を手伝った。ある一定のところまで来ると、ポンプを握らなくても自然に灯油が吸い上げられていく現象が当時は不思議でしょうがなく、見とれていて灯油をあふれさせることもしばしば。。。![]()
そして、あるときこの二つの現象が自分の中で一致したときの感動といったら無い
。
最近では電動のポンプが内蔵されているものもあるが、やはり灯油ポンプはあのプラスチック製のものがいい。そして、あの朱色がいい。いまや当たり前のものとなってしまっているが、計算しつくされた弁といい真空を解除するツマミといい、この灯油ポンプほど物理現象を利用した科学的アイデア商品を私は見たことが無い。
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まだこのネタで引っ張ります。
釣れなかったら魚屋で買って帰るか、などと冗談で言ったりするが、松輪港の駐車場には本当に魚屋があるのだ。この日も帰りにのぞいてみると、生簀にはカワハギにアオリイカ、イナダが悠々と泳いでいた。その他、サザエや金目鯛、マグロのカマなどもあって、散々釣りを楽しんだ後でも魚を見るのは楽しい
。
かつて友人とカワハギ釣りに来た折、一人だけ坊主ではないものの不調(不釣)だったことがある。彼は釣りの後嫁さんの実家に寄るらしく、とても手ぶらでは帰れないと思ったのだろう。この魚屋でなんと一本\3,000のメジマグロを購入
。親戚一同彼の釣果に期待していた訳でもないだろうに、クーラーボックスからはみ出したマグロの尻尾が何とも物悲しげだった。
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今日は、これまでのハンギングバスケットやポットを一掃し、秋冬モードに模様替え。昨日、ホームセンターにて寄せ植えセットを破格の値段で購入済みだったので、それらを分けてそれぞれ植え込み。
ハボタンとスイートアリッサムに囲まれているのは??ストックの仲間か、Sale品のため名前の記載なく残念ながらわからず
。奥はノースポール。
こちらは定番のパンジーをハンギングバスケットへ。ピーチなんとかという新色らしいです。周りのアイビーは友人の結婚式でいただいてきたもの。二年を経て随分大きくなりました。
そして、こちらも定番ビオラ。”ミッキー”という名前らしいです。まあ、濃い紫色の部分はミッキーの耳に見えなくもない?こちらもスイートアリッサムとともに。
このほか、3つのポットに三色のプリムラ・ジュリアンを植え、窓の外も先日のガーデンシクラメンとともに一気に様変わり。これから寒い朝でも、ちょっとだけ起きる楽しみが増えました。
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カワハギはその名の通り、紙やすりのような皮は手で簡単にむくことができ、これが結構面白い。口と角を落とし、そこから皮をむき、背びれ、胸びれも手でむしりとるとこんな感じになる。肝以外の内臓を出してきれいに洗えば下ごしらえは完了。
酒、醤油、みりん、砂糖と生姜を加え、ひと煮たちさせたらカワハギを並べて入れ、汁をかけながら煮ること10分少々。
刺身は食べられなかった娘にも、煮付けの方は食べさせてやるとたいそう気に入った様子。しゃべっている言葉は良くわからないが、私には”パパ、またおさかな釣ってきて”と聞こえたような気が・・・。
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11月1日(土)、今シーズン最初のカワハギ釣りに行ってきた(昨日は妻の実家へ行っていたため更新遅くなりました)。
私がいつもカワハギ釣りで利用させてもらっているのは、三浦半島先端に程近い松輪港の”一義丸”。わざわざここまで来るのには理由があるのだが、その一つが週末にもかかわらず”いつも空いている”ことである。この日も写真奥の船に乗った釣り客は私と連れの二名を含め全部で五名。そのうち一人はほとんどイカ釣りをしていた(アオリイカもカワハギと同じ根周りを好む)。原油高が緩和しつつあるとはいえ、これで儲けが出るのかと本気で心配になる。
心配された雨は全く問題なく、予定通り7時出港、城ヶ島沖を攻める(写真は城ヶ島大橋、右が城ヶ島)。開始2,3投目で早くもカワハギのアタリ。難なく中型の一枚目をゲットしホッと一息。もちろん釣った直後の血抜きも忘れない。しかし、天気予報からも心配していた波風が予想以上に強くアタリがとりづらい。しかも、あらかじめ酔い止めを飲んでいたにもかかわらず、その効き目が全く現れない。仕方なくもう一錠追加し何とか揺れに耐えて釣りを続行(体重50キロの人が二錠飲むのも、私が三錠飲むのも同じこと)。
一方、この城ヶ島周りには漁業組合間の取り決めがあるらしく、城ヶ島を遠巻きに見ながら他の漁港を出港したと見られる船団が、同じようにカワハギを釣っている。城ヶ島付近の岩場はカワハギ釣り有数のポイントで、この優越感が松輪港出港の一義丸に乗船する理由の一つでもある。
カワハギ釣りでは外道として、同じカワハギの仲間であるウマヅラハギやウスバハギのほかに、写真のトラギスの仲間やベラが釣れる。このトラギズ、風貌のわりには天ぷらなどにすると意外と美味しいのだが、今回はすべて海にお帰りいただいた。付けづらい餌のアサリを一丁前に食べてしまうので、厄介者なのだ。実際、トラギスとベラはカワハギの二倍以上釣れている。
波が少しおさまったのか、薬が効いてきたのか体調は回復し、順調に枚数を重ねて10時過ぎには”つぬけ”を達成。”一つ、二つ・・・九つ、十(とお)”と”つ”が抜ける、すなわち十枚のこと。カワハギ釣りはまずこのつぬけを目指そうと言われる。
ところがこのペースも長くは続かず、11時前にはぱたりと釣れなくなってしまう。おちょぼ口をさらにすぼめているのか、餌はなくなるものの一向に針がかりしない。針を変え、錘を変え、最終的には叩き釣りが功を奏し、14時納竿の頃には19枚。
前年までは12月初旬の釣行であったが、その頃に比べ全体的にサイズがよかった。ワッペンサイズは一匹もいない。こういった良型は例年11月中に釣られてしまい、12月には雑魚しか残っていないのかもしれない。
連れも良型ばかり12枚と、つぬけを達成。久々の釣行ということだったが満足そうだった。連れと行って釣果に差があるとお互い気まずいものなのだ。釣り親父のプライドとして、隣で釣っていながら”食べきれないからもらってくれ”、”足りないから欲しい”とはとてもいえないのだ。。。
ともあれ、終日波風強いコンディションの中、ブログ最初の釣行記は満足いくものとなった。めでたしめでたし。
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